~kemnpusの気紛れ日記~ 仕事柄更新・レスが遅れる場合があるけど許してネ


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Google EarthでBeatlesを巡る (アスコット編)

前回のロンドン編で紹介した2箇所はこんな位置関係。
さすが大都会ロンドン、ごちゃごちゃしてますね。
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今回はアビーロードスタジオから少し角度をつけて「飛んでる」感を出しながら西に約30マイル飛びます。
うーん30マイルってなんぼ??(笑)
c0128722_14105744.jpg



歴史ある競馬場で有名なアスコットの境界付近にさしかかるころには、
すっかり街並みは姿を消して田園地帯に変わりました。
自然豊かというより広大な庭園のようです。
c0128722_14124926.jpg

そして見えてきました。
ジョンとヨーコが後期ビートルズ時代からニューヨークに移住するまで暮らした邸宅です。
よくフィルムで目にするジョンがヨーコや前妻との息子・ジュリアンとボート遊びをしている映像は、手前の池で撮影されたんですね。
c0128722_14205050.jpg

c0128722_1432747.jpg

71年発表のアルバム「Imagine」はここの自宅スタジオにジョ-ジ・ハリスンやニッキー・ホプキンスらの親しいミュージシャンを招いて録音されました。
そしてジョンの代表曲であるImagineのプロモーションフィルムは、この建物のリビングで撮影されました。
ちなみに世間ではよく「ビートルズのイマジン」って誤解されていますが、この時すでにビートルズは解散していますよ。
c0128722_1436631.jpg

実に美しい曲です。
しかし一部では白亜の豪邸に住み白いグランドピアノで平和を歌うジョンを非難する声もあったといいます。
また平和を訴えながらもアルバム収録曲How Do You Sleep?の歌詞では、
ビートルズ時代の相方であるポールを公然と誹謗中傷するという「ジョンらしい」一面もみられます。
当時公人であることに疲れて俗世間から距離を置き、
唯一”本当のジョン・レノン”に戻れる場所がこのアスコットの邸宅であり、
LP「Imagine」は音としてそれを感じることができる貴重な記録、まさに「アルバム」なのだと思います。
ポール風に言うなら”Very John!”なアルバムです。
c0128722_14542149.jpg

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by kemnpus-ken | 2008-12-21 15:03 | 音楽

Google EarthでBeatlesを巡る (ロンドン編)



ジョン・レノン風の発音のままに言うなら「らんだん」あるいは「らんでん」といったところでしょうか?
リヴァプールからぐーんと南東・ロンドンに移動してまいりました。

仕立て屋が軒を連ね「背広」の語源になったと言われるSavile Row区域。
実に狭いエリアで、ここを当てずっぽうで探すのは苦労しました。
でも下調べせずひたすら空を漂って眺めながら探すのもGoogle Earthの楽しみなんです。
ここの3番地に元アップルの社屋があります。
c0128722_0534045.jpg

色んな人がマーキングをしているようですが、どのビルかよく判らない。
そこで下の写真と見比べると、最上階に天窓のようなものが4つ並んでいます。
そこから推測すると、右側のブロックの下から3番目と思われ、
youtube「Get Back」の映像で確認したら正解でした。
う~、この建物でThe Long And Winding RoadやLet It Beが録音されたのね。
c0128722_125480.jpg


アップルがあったウェストミンスターのサヴィル・ロウから北北西にポインターを移動させると、
かの『ABBEY ROAD』のジャケットで有名な横断歩道と、
数々の名曲を生み出したEMIスタジオがあります。
(左下の建物がEMI、その目の前の横断歩道で撮影された)
c0128722_12006.jpg

ミーハーですがやっぱり一度は訪れて、横断しながら記念写真を撮りたいですね。
c0128722_1213758.jpg

ところで彼らの最後のアルバムであるこのABBEY ROADの製作時、ポールはすぐ近くに住んでいたらしく、
サンダル履きでブラブラ歩いてスタジオに来て、「じゃあ帰るわ」と言ってはまたブラブラ歩いて帰ったそうです。
あの時代に普通にポールが歩道を歩いてるなんて、すれ違った人はぶったまげたでしょうね。
で、どれだけ近くに住んでたかというと、
c0128722_129465.jpg

ははは、羨ましい通勤環境ですわ。
次回は田園地帯のアスコットです(つづく)
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by kemnpus-ken | 2008-12-20 00:11 | 音楽

Google EarthでBeatlesを巡る (リヴァプール編)



パスポートも失効したままで、当分海外に行けそうもないのでGoogle Earthで飛びました。
PCでご覧の方はyoutubeをクリックしてから見ると気分が出ますよ(笑)

まずは英国・リヴァプールのやや内陸に入った街を漂っていたら発見、
メンローブ通りです。
ここにジョン・レノンが幼少の頃に預けられたミミ叔母さんの家があります。
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彼はこの家で育ち、やがてギターを覚えてポール・マッカートニーらと運命的な出会いをします。
c0128722_19212087.jpg

そのジョン少年の個人的な遊び場であり、のちの名曲「Strawberry Fields Forever」に歌われる場所は家からこんなに近かったんですね。
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ズームアウトして少し北西に移動するとペニーレイン通りがあり、
「Penny Lane」の歌詞に出てくる床屋はここのラウンドバウト(イギリス独特の交差点)にあります。
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また根気良く探すと周辺にポールやジョージ・ハリスンの育った家もありますよ。
c0128722_19413233.jpg

あ、曲が終わる前に見終わってしまいましたね(爆)
まあ、空から見下ろしただけですが、それでも感慨深いもんです。(つづく)
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by kemnpus-ken | 2008-12-19 19:59 | 音楽

去りゆくもの

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本日中継で観たヤンキ-スタジアム。
このオリオールズ戦を含めて残り3試合で取り壊されます。
それほどヤンキースファンではないけれど、寂しくてつい写真に撮りました。

Google Earthで探すと、ありました。
ホームベース近くにはっきりとヤンキースのマークが見えますネ。
c0128722_11232021.jpg

自ら熱心なヤンキースファンであると豪語するビリー・ジョエル氏は、過去にもこの球場で伝説的なライブを行っています。
しかし今年のコンサートは更に大変な盛り上がりだったようです。

調べると1923年にこのヤンキースタジアムが出来てから、老朽化で1973年に一度建て直されていて、実は現在のスタジアムは既に2代目なのだそうです。

来シーズンに向け、レフト側の隣の敷地に新ヤンキースタジアムが建設中。
東京ドームのような今風の球場に生まれ変わるかと思いきや、重厚で歴史を感じさせるオールドファッションな球場になるようです。
ちょっとそれは嬉しいな。

↓今シーズンで引退のヤンキースタジアム正面
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↓現在急ピッチで準備が進む”新”ヤンキースタジアム正面
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by kemnpus-ken | 2008-09-20 11:42 | ひとりごと(エッセイ)

教えて!Google Earth

先日観た映画『硫黄島からの手紙』と『父親たちの星条旗』、
どちらも本当によくできた作品だったと思う。
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ところで太平洋戦争ものの映画で島に日本人の村が登場することがよくある。
ルソン島とかでフィリピン系の原住民が登場するのはイメージできても、
日本人が住んでて日本語を話してて神社があってというのは違和感があった。

恥ずかしいけどそもそも太平洋での激戦は沖縄を除いては「遠い南の島で起きた事」という認識だった。
この硫黄島に至っては勝手にミッドウェイ諸島にあるもんだと永い間思ってました。
なんでこんなところに日本人が住んでるんだ?
硫黄島って本当はどこ?
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気になってお馴染みウィキペディア(Wikipedia)とGoogle Earthで調べてみたら全然間違っていた。

硫黄島は「父島からは300km、本州、グアム島、南鳥島、沖縄本島から、それぞれ1,200km~1,300km程度のほぼ等距離に位置する」(Wikipedia)そうだ。
こんなとこにありました。
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完全に小笠原諸島の一部であり、極めて日本に近かったんですね。
一度釣竿持って八丈島に行ったことがありますが、ずいぶん遠く感じました。
八丈からは更に倍以上あるから本土からかなり遠い訳ですが、
立派に日本の一部だったのです。
硫黄島は沖縄と並んで本土決戦を防ぐ最後の砦だったのですね。
うーん、勉強不足でした。

ついでだからGoogle Earthでもっと近づいてみましょう。
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Wikipediaによると
「戦前の硫黄島は小笠原諸島内でも有数の集落があった。1943年6月の調査によれば、硫黄島村の人口は192戸1018人(男533人、女485人)である。島北部には6つの集落があり、元山部落には硫黄島尋常小学校と硫黄島神社が置かれ、島の中心となっていた。また、島には父島から派遣された警察官1名が駐在していた。」と記されている。

ちなみに正式名は「いおうとう」。
しかし世間一般では「いおうじま」と呼ばれることが多い。
アメリカではIwo-jimaと表記されます。

未だ島民の帰島は実現しておらず、現在は海上自衛隊管理の航空基地が設置され、通常一般の人は島に立ち入ることは出来ないとのことだ。
島の中央には航空基地がはっきりと見える。
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島南岸には浜辺が広がっており、1945年2月ここから米軍が上陸して日本軍2万129人、米軍2万8686人の戦死傷者を出す大激戦が繰り広げられた。
両軍併せて約5万人(東京ドームの観客に相当)の死傷者って!

最南端には米兵が星条旗を挙げてる写真や像で有名な場所・摺鉢山(すりばちやま:標高169メートル)が見えます。
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自分の思い込みによる疑問をきっかけにGoogle Earthで地球を旅してみただけだが、意外なことが判ったりして、これだからインターネットはやめられないです。
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by kemnpus-ken | 2008-01-28 17:03 | 日々のコラム