~kemnpusの気紛れ日記~ 仕事柄更新・レスが遅れる場合があるけど許してネ


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きかせて / オフコース



1980年リリースのアルバム『We are』に収録された個人的にも思い入れの強い曲。
映像は翌年のコンサートツアー日本武道館でのライブ演奏です。

5人だけの”手弁当”で作り上げるストイックさすら感じる重厚な演奏。
練りに練り上げられたぶ厚いコーラスワーク。
オフコースの素晴らしさはここに集約されている気がします。

演奏中にクリックを聞かないからイヤホンなんか要らない。
自分の耳と呼吸だけでビートを刻む。

バンドとはこうありたい。
音楽とはこうあって欲しい。

やっぱりオフコースはこの頃が最強だな。


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by kemnpus-ken | 2011-12-16 15:14 | 音楽

夏の日 / オフコース

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先程オーストラリアの知人からマンゴーが届きました。

ゴールドコーストはこれからが夏。

いいなぁ。

本当は暑いの苦手なくせに。


こんな曲が聴きたくなった、

なんだかとても。



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by kemnpus-ken | 2011-12-14 15:56 | 音楽

オフコースの美学

先日りりこさん達と盛り上がって以来、オフコース熱が再燃している今日この頃です。
久しぶりにこのDVDを観ました。
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『Off Course 1982・6・30 -Concert in Budokan』

81年の暮れからスタートしたアルバム『over』の全国ツアー。
そのファイナルである日本武道館でのコンサートを収めた、全盛期の彼らの究極のライブ映像です。

僕は2月に神奈川県民ホールで行われた横浜公演こそ観ることができましたが、残念ながら武道館のプラチナチケットが手に入れられなくて悔しい思いをしました。
その頃の甘酸っぱい思い出は…ま、バックナンバーからテキトーに探してちょうだい(笑)
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小田和正と鈴木康博が弾き語りをしながら二人で「オフコース」と名乗っていた時代から比べたら、派手なステージで随分とロックバンドしちゃって、初期からのファンはさぞかし違和感を覚えたことでしょうね。
でも多くの後追いファンと同じように、僕にとってのオフコースはやっぱりコレなんです。
そしてあくまで好みの問題だけど、当時の日本の歌バンドの中で完成度とバランスの良さは群を抜いて高かったと思う。



今僕はイーグルスのコピーバンドをやってますが、その前は長い間オフコースをやってました。
例えるなら1982年当時のオフコースは、ちょうどイーグルスの『Hotel California』の頃に相当すると思うんですね。
今冷静に両者を比べると面白いほど似ている。
気のせいかそっくりな曲も何曲か(気のせい気のせい:笑)
新しいメンバーが加わりバンドのスタイルが変わっていく中、シングル・LP共に驚異的なセールスを記録。
本人達も予想だにしない巨大ビジネスに飲み込まれやがて迷走していく様は、ほぼ同時代のイーグルスそのものです。
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僕が彼等やイーグルスが好きなのは、美しいコーラスとライブにおける演奏スタイルにあります。
複雑で再現不可能と思われるレコードのクオリティを、ごく一部のパートを除いて演奏も美しいコーラスもメンバーだけでやってのけてしまう、あの器用さに感動してしまうのです。
必要とあらばギターの松尾一彦もシンセサイザーを弾く、ハーモニカも吹く。
そんな「みんなで手弁当」スタイルにシビれてしまうのです。
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極めつけはやっぱり小田さんですよね。
艶やかなワン・アンド・オンリーのあの歌声だけで神様なのに、
YAMAHA CP-80を筆頭に「あんたは千手観音か!」とツッコミたくなるほどおびただしい数の鍵盤に囲まれて、きらびやかなオーケストレイションを奏でる。
曲の途中でクルッと横向いたり、時には立ち上がったり。
仕舞いには自分の頭より高い位置に置かれたシンセを弾きながら厳しい姿勢で歌い続ける。(下のピアノを弾くために座ってるから)
うわぁマイクスタンドと絡まって大変そう。。。
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当時は特に音色ごとに機種を変えるのが当たり前だったから仕方ないんだけど、
小田さんのストイックな表情も加味されて「職人です!」って感じで、なんかそういうの憧れたな~。
ぶっちゃけ鍵盤弾きのテクニックとしては大した事してないとは思いますよ(笑)
でもセンスがいいと言うのか、「かっこいい」って技術だけじゃないと思うんです。
ボーカル&プレイヤーとしての小田さん、今観てもゾクゾクします。
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by kemnpus-ken | 2009-08-16 11:20 | 音楽

We are over

ここ数日オフコースを聴きながらノスタルジックな気分に浸っておりますが、
記事と並行して色んなお宝グッズを紹介しながらここら辺で一旦締めたいと思います。

『We are』『over』のポストを書くため本棚から資料を引っ張りだしたら、
こんな新聞の切抜きがページの間から出てきました。
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左上には手書きで”1982 6/10(木)”の文字。
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1982年、オフコースは最新アルバム『over』をひっさげて全国69公演を終え、
6月15日からは当時前人未到の日本武道館10日間公演でツアーのクライマックスを向かえようとしている、
まさにそのときでした。
当時社会現象にまで達していたオフコースの「解散」のニュースは衝撃的でした。
僕も急いで駅までスポーツ新聞を買いに行った。
そのときのスポーツニッポンの切り抜きです。

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今となっては有名な話ですが80年の『We are』、81年の『over』,、
2枚のアルバムを並べると ”We are over ; 僕らは終わった” というメッセージとなっています。
つまり彼等は80年の『We are』の製作に入る時点ですでに「解散」を決めていたということです。
理由は結成から小田和正と一緒にオフコースを作ってきた鈴木康博が脱退を表明したことにあります。
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1979年12月発売のシングル「さよなら」が大ヒットしたことによりオフコースは大人気バンドへと急上昇するのだけど、
そのことは結果として鈴木にとって追い風にならなかった。
レコード会社も次なる「さよなら」を期待し、周りのスタッフも次第に「小田をメインに」「小田をA面に」という方向性に傾いていったのです。
そして「オフコース」というパッケージ商品には周囲が作った「オフコースらしさ」という制約が設けられ、
次第に鈴木は自由に曲が書けなくなってしまう。
「オフコースであることが足かせとなった」とのちに鈴木氏自身が語っています。
彼は目の前の人気よりミュージシャンとして自由に曲が書けることを選択します。

↓『オフコース・ストーリー GIVE UP』 / 山際淳司著(すでに絶版)
82年夏に出版された山際氏の膨大なインタビューに基づく小説風ドキュメンタリー。
多くのファンがこれを読んで「真実」を求めた。
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小田和正もこの時点では「ヤス(鈴木)のいないオフコース」という選択肢はなかっただろう。
しかし前作『Three And Two』で清水・松尾・大間というメンバーが加わり5人になったばかりのオフコース、
彼もこの5人でバンドとして最高の作品・パフォーマンスを残してオフコースに「けじめ」をつけたかったのだろうと思います。

結局解散を前提に鈴木康博は説得される形でバンドに残り、あと3枚のアルバムに参加します。
(TV番組『NEXT』サウンドトラックも含めると4枚。しかしこれはスポットで1曲提供しただけという印象)

↓82年ツアーの豪華パンフ(左)と当時オフコースをよく取り上げた『ギターブック』誌の別冊『Now The Time』(右)。
こんなのヤフオクに出したら大変な騒ぎですよ(笑)
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並々ならぬ決意で臨んだ『We are』と『over』のレコーディングとツアー。
そして鈴木康博最後の参加となるアルバム『I Love You』。
文字通り最高の出来で音楽史に輝かしい足跡を残しました。
鈴木康博もプロフェッショナルとして過去にない名曲を残しました。

そして解散…、

となるはずでしたがファンの熱意と周りの説得が通じてか小田和正は4人でオフコースを存続させました。
この決断は小田和正もそうとう揺れたことと思います。
しかし存続は鈴木康博も望んでいたことでした。
のちに鈴木康博は脱退するにあたって「責任は果たした」と語っています。
ヤッさん、生き様が男として本当にかっこいいです。
もちろん存続を決意した小田さんも。

↓82年・ギター専門誌『Player』に紹介された鈴木氏・松尾氏のギターコレクション特集のコピー。
アルバム『I Love You』レコーディング中のスタジオにずらっと並んだギターの多さは圧巻です。
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オフコースはその後4人でいい曲をどんどんリリースします。
プロモに田中美佐子が出演した「夏の日」なんか大好きな曲です。

『夏の日』プロモはコチラをクリック→youtube夏の日/オフコース

しかし個人的には鈴木康博の抜けた穴が大きく、
その「夏の日」ですら特にサウンド面での違和感が隠せません。
シンセドラムを使うなど新しい音に進化したことも違和感の要因ですが、
コーラスは松尾一彦の高音だけでは満足できず、やはりあのファルセットが欲しいんです。
もはや僕にとってオフコースは同じ名前の別バンドとなり、急速に興味を失っていくのでした。
わがままなもんで、僕は僕で固定観念に縛られ「オフコースらしさ」を求めていたんですね。

やはり82年のあの夏、「僕等の時代」は終わってしまったのだな、きっと。

オフコースは89年2月・東京ドーム公演を最後に解散しました。

↓82年当時のポスター。左から2番目が鈴木康博氏。
四隅には画鋲のあとが。部屋に貼ってたんですね(笑)
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by kemnpus-ken | 2008-06-24 19:42 | 音楽

over / オフコース (1981年)

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01. 心はなれて
02. 愛の中へ
03. 君におくる歌
04. ひととして
05. メインストリートをつっ走れ

06. 僕のいいたいこと
07. 哀しいくらい
08. 言葉にできない
09. 心はなれて


『We are』に続くオフコースの大ヒットアルバムです。
前作に続いてビル・シュネーによるミックスでサウンド的には似たような感じに仕上がっています。
相変わらずの高い完成度、聴き応え十分の出来です。

冒頭のストリングスによる官能的なインスト「心はなれて」~「愛の中へ」の流れは
またまたイーグルスのアルバム『ホテル・カリフォルニア』で使われた手法を彷彿させてニンマリ(笑)
鈴木康博は「愛の中へ」でIbanez特注のダブルネックギターも登場させてます。
12弦ギターが爽やかに小田和正のシンセと絡みポップなサウンドに色を添えます。


実は最初に買ったオフコースのレコードが『over』で、とてもとても思い入れの深い作品です。
翌年夏のツアー終了まで僕はオフコース一色だったと言っても過言じゃないです。

というのもオフコースの素晴らしさに負けないぐらい大きな原動力がYさんという女性だったからです(笑)
彼女は高校の同級生で瞳の大きなとても素敵な人です。
お互い音楽が好きで気が合い、とりわけ盛り上がるのがオフコースに関する話題でした。
彼女から『We are』を借りて、代わりに僕がジョン・レノンのLPを貸したりして。
何か新しい話題を見つけては夜長電話しました。
よく二人で映画とかにも遊びに出掛けて…
でもなかなかそれ以上距離が縮まらない、
そんな切ない日々を過ごしていました。

ある日(『over』発表の)翌年にオフコースが大規模なコンサートツアーを行うと聞き、
僕はプラチナチケットを手に入れるため徹夜で桜木町のプレイガイドに並びました。
もちろんYさんと一緒に行くためです。
とはいえ僕らはステディな関係でしたから二人で夜を明かすなんてパパやママが許しません(爆)
しばらく二人で並んでから彼女には帰ってもらい、
それから一人寂しく凍てつく真冬の桜木町で震えながら朝を待ちました。
夜が明けて再びYさんが駆けつけてくれた頃にはすっかり具合悪くなってしまい、
結局それから3日間高熱にうなされることになりました。

そんな思いで手に入れたThe Concert Tour 1982 ”over” 2月横浜公演の2枚のチケット。
彼女と並んでステージに向かって叫び、「言葉にできない」では一緒に感動の涙したあのコンサート。
すっかり暗くなった帰りの山下公園前の並木路、勇気を出してちょっと手をつないでみたりして。
決して忘れられない青春の大イベントとして心に刻まれてます。


僕のまちがいは 哀しすぎる
いくつかの愛を 通りすぎたこと
いつもことばが 足りなくて
君は息を止めて 僕を見てるだけ

今はこのまま 夜よ明けないで
見えない明日は 来ないでいい
哀しいくらい 君が好きだから
心ひらいて

  「哀しいくらい」/ 作詞・作曲 小田和正



そんなYさん、今ではすっかり人の妻です。
このアルバム聴くと今でも泣いちゃうよ!(爆)

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by kemnpus-ken | 2008-06-22 20:07 | 音楽

We are / オフコース(1980年)

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01. 時に愛は
02. 僕等の時代
03. おまえもひとり
04. あなたより大切なこと
05. いくつもの星の下で

06. 一億の夜を越えて
07. せつなくて
08. YES-NO
09. 私の願い
10. きかせて


今これを書きながら聴いているのが05年に限定発売された紙ジャケットシリーズの『We are』。
24bitデジタルリマスタリングが施され、一段とボーカルや各楽器の音がクリアになってます。
当時アナログ盤で夢中になって聴いていたころの音にかなり近いような気がして嬉しいです。


前アルバム『Three And Two』でフォーク調からよりロック色を強めたバンドサウンドに進化し、
シングル「さよなら」のミリオンヒットで一躍日本中の注目を浴びることになったオフコース。
そのあとのシングル「YES-NO」も大ヒット。
その「YES-NO」を含む待望のアルバム『We are』が発表されたのが80年11月でした。
これは完成度からも認知度からもオフコースの代表作といっていいでしょうね。
『Three And Two』と比べて全体に落ち着いたサウンドで、よりAOR的なアレンジが新しいオフコースを感じさせます。

例えば1曲目の「時に愛は」は明らかにイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」を意識した重い曲調とコーラスワーク、そして終盤の掛け合いリードギター。
しかしそれでいて決して激しくなりすぎない抑えたサウンド作りがまた、成熟期を迎えた「ホテル・カリフォルニア」の頃の彼らをより彷彿させます。
(実際「ホテル…」のスタジオ版も何重にもギターを重ねて録音したわりにしっとり落ち着いたサウンドです)

ひとつは小田和正の発案によりミキシングをロサンゼルスのエンジニアでボズ・スキャッグスやTOTOを手がけたビル・シュネーに委ねたことが大きいでしょう。
アルバム全般に渡ってストイックなまでにウェストコーストな音に仕上がってます。

もちろん彼らの楽曲の良さ、演奏力、コーラスの美しさがあってのことですが、
これほど美しく日本語でサラリと「西海岸」しちゃったバンドが先にも後にも存在したでしょうか?

な~んて偉そうに書いてますが、実は僕がウェストコーストサウンドを好んで聴くのはかなり後になってからで、オフコースが先でしたから当時そのようなルーツに気づくはずもありません(笑)

もうしばらくすると深いエフェクトの大げさなドラムが特徴の80sロックが台頭してきます。
このアルバムはすごくタイトな仕上がりで、最高のアナログ録音技術、生の楽器の音・生のアンプの音が聴ける最後の時代の1枚だと思っています。

以前は永い間オフコースバンドをやってました。
現在はメンバーも変わってイーグルスのコピーバンドをやってます。
そしてウェストコーストロックを好んで聴く自分を作ったのは、
あの頃夢中だったオフコースなんだな、と今夜『We are』を聴きながら改めて思うのです。

ミキサーのビル・シュネーもベストトラックと絶賛の名曲「きかせて」は今聴いても泣けます。
それにしても小田さん、声が若い!(笑)

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by kemnpus-ken | 2008-06-22 02:30 | 音楽