~kemnpusの気紛れ日記~ 仕事柄更新・レスが遅れる場合があるけど許してネ


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TAKURO TOUR 1979 / 吉田拓郎

僕が音楽やギターに興味を持ったのは中学に入ってからです。

地元の公立中学なのですが、そこが妙に「合唱」に力を入れてる中学校でして、
全校集会で合唱したり、月に一度「合唱交流会」と称して1年から3年の各1組なら1組ごとの3クラスごとに集まって同じ曲を歌う集まりがあったりしました。
中央委員会や風紀委員会なんかと一緒に歌声委員会というのまであったんです。

当然そんな環境ですから文化祭のコンクールなんかは全校全クラスが本気でバトルをして、優勝したクラスも逃したクラスも号泣するという、今思うと素晴らしく健全な学校だったのだな、なんて思います。
まだ校内暴力が社会問題になる数年前の平和だった中学校時代です。

で、どのような楽曲を歌うのかというと、『流浪の民』『モルダウの流れ』といったいかにも合唱曲を男女混声に分けて歌ったりもしますが、当時まだ人気だったフォークソングも沢山歌われていました。
『友よ』とか『気球にのって』、『太陽がくれた季節』なんて曲もやりました。

全校集会などでは伴奏者としてフォークギターを持った先輩達が数名体育館の舞台に上がって演奏するんです。
僕はこれに憧れましたね。
だって全校の注目を浴びれるんですよ!
男子に「おめーすげえじゃん!」とか女子に「kemさんってステキ!」とか言われたかった(爆)
それまで頑張ってた野球部をきっぱり退部して五分刈だった髪を伸ばし始めました。
そして親にモーリスのフォークギターを買ってもらい猛練習を始めたというわけです。

これ見よがしにギターケースを毎日学校まで持って行き、教室の片隅でハーモニカホルダーを首から提げてボブ・ディラン気取りでモーリスをかき鳴らしていました。
当然全校集会デビュー(笑)も果たしました。
そのお陰かバレンタインデーにはそれなりの営業成果があった…ように記憶している(笑)



夏休みなんか毎日のように同じマンションに住むT君とお互いの家に行き来し、サイモンとガーファンクルとかを一生懸命練習しました。
そんな中そのT君が強く僕に勧めてくれたのが吉田拓郎でした。
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当時丁度リリースされたばかりの『TAKURO TOUR1979』という2枚組のライブLP。これはのちに夢中になるビートルズに負けず劣らず僕に計り知れない衝撃を与えました。

吉田拓郎は79年当時30歳、『ローリング30』というアルバムを携えて全国ツアーを行っており、夏には愛知県の篠島という小さな島に2万人を集めてオールナイトライブも成功させました。
恐らくは彼のキャリアの中でも絶頂期にあったのではと思います。
そのツアーの音源を集めたのがこのLPでして、拓郎の集大成とも呼べるこのアルバムは当時雑誌等での評判も高く爆発的に売れました。
少ないお小遣いをはたいて買ったこの2枚組LP(2枚組は高かった!)、死ぬほど聴きましたよ。
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当時の拓郎の曲は、作詞に岡本おさみ氏や松本隆氏などを起用し、そこへ拓郎の独特なメロディや節回しが加わって、『外は白い雪の夜』といったなんともいえない世界を作っていました。
ロック色も強くなり初期の弾き語りフォークの時代とは一線を隔しますが、僕はこの頃の拓郎が一番好きです。

ライブでは松任谷正隆(キーボード)、ジェイク(サックス)、鈴木茂(元はっぴいえんど:ギター)といった豪華共演者が、まさにプロの演奏を聴かせてくれます。
特に青山徹(元愛奴、当時竹内まりやなどのバックも務めてた)の、今思えばブライアン・メイ(QUEEN)だったりEAGLESの影響バリバリだったりする粘っこいリードギターの音が、聴くと鳥肌が立つほど大好きでした。
当然エレキギターも欲しいな、青山徹のように弾けたらいいな、と夢見るようになりましたよ。
拓郎自身は思いっきり歌うことの気持ちよさを教えてくれたし、きっと僕のルーツはこんなところにあるんだと思います。

現在CD盤は廃盤になったままで、たまにオークションに出展されると何万円というプレミアがついています。
残念ながら僕はレコードでしか持っていません。
再発を心から願ってる名盤であります。



拓郎の曲で一番好きな曲です。これを聴くと何故か必ず泣いてしまいます。
名曲『流星』 / 吉田拓郎

79年より少しあとの曲になります。
歌ってる内容はド演歌ですが、広島弁で歌う歌詞がオトナの心に染みます。
そしてこれが憧れの青山徹大先生の泣きのギターだ!(間奏でだいぶホテカリしちゃっててますが:笑)
唇をかみしめて / 吉田拓郎

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by kemnpus-ken | 2009-02-24 19:06 | 音楽